「改悪」入管法の意味:日本は今後「特亜式人治主義」で移民問題を扱う

これで、今後の移民問題については「疎漏かつ骨抜きのハードローの下に、その場限りの(状況と利害に沿った)ソフトローで実状対応を行う」ことになりました。要するに、「実質的な中身のない改悪法を表紙にして、その名の下に現実対応は省令の類で場当たり的にやる」というです。当の法律が西欧的にきちんとしていると、制令等による場当たり的かつ恣意的な「運用」ができないので、わざと実質がスカスカの法案にして通した、とも考えられます。

このやり方が何を招くか、つい先頃もその問題が露呈したではありませんか。そう、モリ・カケ騒動の後者の方です。今回の改悪入管法に比べてもう少し実質のある学校教育法の下で、「合法的な獣医学部新設の’審査申請’」を一片の文科省令で長年阻むことができていました。このような省令と法運用の背景は、獣医師会・その支持を受ける政治家・前2者の医師を顧慮する役人等の利害です。今回の場合、背景は諸経済団体(経団連経済同友会、商工会議所等)やら農業団体等とそれらに連なる政治家(屋)および役人となるでしょう。天下国家やら日本の行く末・・・なんてご冗談、こうした語句は「表紙」に過ぎず、本音は自己(集団)の利害・損得となります。

以上は、実は近隣国でごくお馴染みのやり方ですね。特亜諸国のいわゆる「人治主義」です。教養部時代に読んだ本の一節を思い出します:黒白をはっきりさせぬところに味がある云々(川島武宣著・日本人の法意識)

所詮、日本も東アジア的な風土・風潮を免れ得ない、ということでしょうか。